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『ジコチューのススメ』

ジコチューというと、わがままという印象を受けますが、
私はあまりにも日本人がジコチューじゃないように思います。

個人レベルで見ると、ジコチューな人もそれなりにはいますが、
民族レベル的に見ると、日本人というのは、
して貰ったら、して返す、して欲しければ、それを期待するという、
ジコチューとは真逆な性格をしてるのではないかな?と感じます。

お酒をグラスに注いで欲しいとき、それをあえて口に出すのは、
はしたないというような風潮があったり、
大皿に食べ物が1人前分残っていると、それを遠慮したりといった具合です。

私はこの遠慮の気持ち自体が悪いとは思いませんが、
自分の本当の気持ちを押し隠してまで遠慮するのは、
いかがなものかと考えています。

他人の都合や、自分以外の状況をよく見ず、
勝手にふるまうのはジコチューだと思います。

忙しくしている相手に、自分のグラスに酒を注ぐように言ったり、
他に食べたいと思っている人がいるのに、残りの食べ物を食べてしまったり。

しかし、アメリカではお酒を注いで欲しければ、
それを口にしなければ、誰も自分のグラスにお酒は注いでくれないでしょう。

こう世界的に見ると、同じ人間でも風土や育ち方、地域性などによって、
全く違う欲求と、表現方法をしなければならないのです。

アメリカの風土が良いと言ってるのではなく、私はもっと欲求すべきところは欲求をし、
本来持っている奥ゆかしい日本人の風土も大切にしていけたらどうか?と思います。

あまりにも遠慮する人というのは、ちょっと…と思う場面があります。

お会計のときの伝票の取り合い(笑)
これはまさに遠慮のし過ぎです。

しかし、そのくせ、ものすごく遠慮のない言葉を発する人もいますよね(笑)

形ばかりの遠慮なら、しない方が良いと思います。

心に葛藤を残してしまうような遠慮というのがあります。
本当は食べたかったのに、遠慮して手を出さなかった料理。
その場を離れても、まだその料理を食べなかったことが悔やまれる。

本当は欲しかったのに、遠慮していらないと彼氏に言ってしまったアクセサリー。
やっぱり買って貰えば良かったと、次の日になっても悔やまれる。

こんな風に心に葛藤を残すくらいなら、満足させてもらうのも良いですよ。
してあげると言われているのに、遠慮するのは相手に失礼な場合だってあります。

心からのありがとうがあれば、相手だってしてあげたことに喜びを持つのです。

葛藤するくらいなら、欲求する方が良いです。
その葛藤は時間がたつと恨みに変わってしまうこともあるのですから。

勝手に遠慮して食べなかった料理なのに、
あんなにたくさんの人がいたんじゃ、手が出しずらい!と怒りだしてしまう。

買ってあげると言っているのに、
値段を見せられたら遠慮するに決まってるじゃない!と怒りだしてしまう。

なんとも『葛藤』というものは厄介なものなのです。
もっと自分の心に素直になっていれば、葛藤を生み出すこともなく、
勝手に怒ったり恨んだりすることもないのです。

女性の例を出して書いてますが、実は男性の方がこういうことが多いようですよ。

女性に対して遠慮してしまうみたいです。

もっとジコチューでも良いと思います。
自分の心に素直に行動してみましょう!

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